みなさんには、憧れの人っていますか?

それも、異性ではなくて同性で。

楽しい人でもなく、尊敬する人でもなく、

憧れの人。

その人を思うだけで、ドキドキしたり、キラキラした気持ちになる人。

あの人みたいになりたいと純粋に思える人。

実は、私にはそういう憧れの人が何人かいます。

私の場合、憧れの人は圧倒的に著者の方が多いです。

ですから、漫画家だったり、エッセイストだったり、小説家だったり、

時には、彼女たちが描く物語の中の登場人物だったりするときもあります。

人が大人になっていくには、やはり、色々な人との出会いが大きく影響してくるのですが、

私は、この憧れの人への強い思いが、人が大人になるための強力な武器になると思っています。

自分自身が何故、その人のその部分に強く憧れたのかを知ることは、

自分の中にある思い…

それは、眠っている思いなのか、くすぶっている思いなのかわかりませんが、

何らかのモヤモヤとした自分でも自覚できない思いが、強い憧れの気持ちとなって反映されていると感じるのです。

なかでも、憧れの人に見いだしているこの気持ちって、頑張れば手に入る距離感にある気がします。

ようは、

頑張れば、その人に近づけるよっていうレベル。

例えば、この反映される思いが、

尊敬する人だと今の自分には遠すぎて、ビビってしまうし。

楽しくて楽ちんな人だと今の自分には近すぎて、だらけてしまうし。

イマイチ、成長につながらない。

だから、憧れの人が、ちょうどいい距離感のような気がするのです。

そして、その憧れの人の憧れる部分を見つけたら頑張って背伸びをしてみる。

そう、

私は、人が大人になるためには、自分の身の丈にあった背伸びををすることは、とっても大切な事だと感じているのです。

最初は、フラフラになり、足の指を痛めて、歩くことが困難になっても、

いつしか、普通に歩くことが出来るようになる。

それが、成長というものなんだと思う。

人が”今の自分から脱出してやるぞ”っていうとき、必要になってくるエネルギーとか気合いとかといわれているもの…

これらは、”背伸び”と同義語なんじゃないのかな。

だから、もしかしたら、人が大きく成長するぞと決意するときは、背伸びをすることから始まるのかもしれない。

きっと、私の憧れの人たちだって、オギャーと、この世に赤ちゃんとして誕生した時から、すでに今の状態だったなんてことは絶対にないはず。

彼女たちだって、フラフラになりながらも、必死に歩き続けた結果が、今の状態、”あり方”を作っているのだと思う。

そう、

私たちは、背伸びをしてでも、とりあえず必死に歩き続けないと”自分の未来のあり方”を手にする機会はないのだろう。

でも、心の成長に限らず、前進することって、凄くしんどいこと。

時には、立ち止まってしまうこともある。

心が、ポッキリと折れてしまうこともある。

でも、そんな時、憧れの同性の人がいるかどうかで変わってくるのかもしれない。

”頑張れば、私だってあの人みたいになれるんだ”

そんな、キラキラした思いがあれば、

背伸びをして、痛むつま先で、必死に前を歩くことが困難な時でも、少しは楽しくなる気がする。

こういう時、憧れの異性もいいけれど、何か、しっくりこないことも正直あったりしますし(笑)

本を選ぶ時も、別にわざとそうしているわけではないのに、気づくと、圧倒的に女性が書かれたものを選んでいる場合が多いし。

やっぱり、男性と女性とでは、心の成分みたいなものが違うのでしょう。

だからこそ、憧れの同性の人の存在は大きいし貴重なものなのでしょう。

憧れの同性に対して恋するような気持ちは、きっと人の成長に役立つはず。

だって、なんだかんだと言っても、ドキドキしたりキラキラした思いというのは人を前向きにさせてくれるものだから。